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「障害者」は「生涯写」?

日本理科化学工業と言う会社や、ダイキン工業と言う会社が最近障害者の方達が多く働く職場とし

て、本やTYでよく紹介されていますね。

障害者の雇用率が70%を超える企業としても、また離職率の低さも突出して、他の企業とは群を

抜いているのは言うまでもありませんが、それを実現しているのは、働いている人たちの会社に対

する満足度や仕事に対する充実度が他社とは、大きく違っているのではないかと、つくづく考えさせ

られました。

会社の経営も共に、数十年に年に渡って確実に右肩上がりを継続し、苦境に至っても、安易なリス

トラを取らず従業員を成長させ、業績を伸ばしているなどは、私のような小さな事業の経営者にとっ

ても大きな学びになりました。

私は評論家のように、この会社の経営方針や社長や従業員の方たちの思いや努力を、簡単に分

析し、評価することは出来ません。

また、すべての会社がこのようにしなければとも思いません。

会社も人も社会も千差万別で、評価も時代や流行的な考え方で左右されるなど、不確定なものだ

と思うからです。

けれど、障害者と呼ばれる人たちによって、この会社の経営者の方たちは共通して、考え方を変え

られたと、語っておられました。

 実は私は一卵性の双子で、50代のおっさんがそっくりの顔をしているのも、とてもキショク悪いの

ですが、そのj片割れの兄弟が、宇治で障害者施設の園長を仕事としていますので、障害者の方

たちとも、折に触れて接する機会があるのですが、この「障害者」って言う言葉は、私は好きではあ

りませんし、漢字も何か嫌ですね。

人間を美化するつもりはもうとうありませんが、障害者と接すると、善し悪しは別として、自分自身を

映し出される鏡のような気がしてきます。

彼らは他意も無く自然体ですが、接する人間の本質があぶり出され、メッキがはがされそうです。

そう言う意味では、「障害者」の方たちは「生涯写」と言う漢字に変えてみてははどうでしょうか?

そんなことを考えさせられました。すこしエエカッコしすきでしょうか?

 

 

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気配り、心配りできるかな~~?

今日、女優の南田洋子さんが亡くなられたニュースがTVで流れていました。

私の年代では有名なご夫婦だったので、感慨深いものがありました。

長門さんご夫妻のように高齢化社会の中で、これからも大きな問題として考えさせられるのは、

老々介護の実態だと思わされました。

決して人ごととは思えない問題で、私にとっても妻にとっても、年齢とともに認知症や寝たきりの病

気が起こらない保障はどこにもありませんし、また何時起ってもおかしくないとも言えます。

どちらかが、寝たっきりになったらどうして介護していくのかなど、漠然とした不安がよぎります。

私の父は62歳の時に、急性前骨髄白血病という病で、入院してから1ヶ月ほどで亡くなりました。

それから、母は14年後に72歳で糖尿病からくる心筋梗塞で亡くなりました。

父が亡くなってからの母は、いつも口癖のように「寝たっきりになったり、ボケてしまって皆に迷惑は

かけたくない。」と、私たち子供によく話していました。

その母は、亡くなる日の夕方に実家の2階で倒れ、そのまま救急車に運ばれ、夜には応急処置の

甲斐も無く天に召されていきました。家族にとってはアッと言う間の出来事でした。

そのさまは、生前の母の願い通りに、まるで自分の死期が分かっていたかのように、亡くなる数日

前には遺影用の写真を撮って用意していたり、前日からその翌日まで、突然、自分の持ち物をき

れいに整理しだし、自らの靴を玄関に揃え、2階に上って、服を整理してタンスに仕舞っていた最中

に倒れたのでした。

死に際が良いと言ったら御幣がありますが、今考えると、私たち子供に迷惑がかからないようにと

の、母のこころ配りがあったのかと思わされました。

気配りは案外目に見えて気づきやすいことが多いと思いますが、こころ配りは目には見えにくく、

その時は気づきにくいことが多く、後になってしみじみと感じられてくるようで、心の中に染みてきま

すね。どちらかに優劣をつける気はサラサラありませんが、このニュースを聞いて、夫婦の中や家

族の中で、また社会や仕事の中で、私にとっては気配り心配りを、もう一度考えさせられる出来事

でした。

 

 

 

 

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し・あ・わ・せ・でした~~!

私の家族は男ばかりの五人の息子がいる事は何度もブログに書いているのですが、年頃になるとそれぞれ彼女も出来て、親に紹介してくれます。

中でも、次男坊の彼女がよく二人で狭い我家に遊びに来て、一緒に食事をしたりしているのですが、

彼女はある有名なイタリア料理店で働いていまして、先日その店の食事券をプレゼントしてもらい、私たち夫婦二人で食事に行くことになりました。

夫婦二人で食事に出かけることはめったにないことで、楽しいひと時が過ごせればとウキウキしていました。

お店の雰囲気も良く、コースの料理もとってもおいしくて、妻との会話も弾み、家にいるときとはまた違った新鮮な時間を過ごすことが出来ました。

お店では家に遊びに来る時の彼女とはまったく違った感じで、料理の説明や飲み物を注いでくれるしぐさや、屈託のない笑顔にプロの仕事を感じ

感心させられました。

私は調子に乗って少し飲みすぎましたが、またひとつ楽しい思い出が与えられて、本当に幸せなひと時を過ごすことが出来ました。

食事の楽しみは、おいしい物を食べることだと言われますが、しかし、誰と一緒に食べるかによって味の印象は大きく変わってくるとも言われます。

私たちにとっては、あの日の一日は息子の彼女が一生懸命に働く姿やプロ意識に感動し、妻の楽しそうな笑い声を聞きながら、本当に楽しいひと

時を過ごすことが出来、幸せな一日でした。

 

 

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草は枯れ、花はしぼむ!

先日、私の知人が突然亡くなられたと聞かされ、あわてて友人と待ち合わせてお通夜にそして、 

ご葬儀にと足を運びました。40代後半とまだまだ若すぎる年齢での病死です。

故人の闘病生活の苦しさや、残された家族の悲しみはどれほどかと、考えさせられた一日でした。

私自身も、丁度3年前に進行性の胃癌の診断を受け、急遽入院させられ、すぐにでも手術を受

けざる得なくなりました。

また悪いことに検査の結果は転移しやすい癌だと宣告され、他の箇所に転移が無いかが心配され

ましたが、どうにか転移は見られず、癌の切除手術を受け、胃の四分の三近くを取り除き、事なき

を得ました。

しかし、本当に大変だったのは術後の後で、今までの職場は解雇になった為、6ヶ月後にはアルバ

イトを見つけて働き始めたりとか、人生に不安を覚えたりとかの中で、目まぐるしい3年間があっと

言う間に過ぎていきました。

人それぞれ人生は違いますが、人の死を通したり、大病やまた大きな試練を通してしか、本当に人

生を振り返り生きることは何かと考えたり、また現実に真摯に向き合ったりすることが出来ないの

は、人間の持つかたくなさや、またその反面の弱さかも知れませんね。

死とか病気とがもたらす困難は、当事者本人は勿論ですが、身近な家族にとっても同じように大き

な問題として降りかかってきますね。

私の妻もまた子供たちも、当時はいろいろと苦しみ悩んだと思いますが、しかし、それぞれに考えて

心にいろいろと示されたことはあったと思います。

だからこそ病気や死を、勝ち負けで語るのは短絡的過ぎると思います。

受け止めて、向き合って、考えていく、そう言う時が人間にとっては必要なのかも知れませんね。

人生はわたしには難しすぎる、悩ましい問題です。

そんなことを新たに考えさせられた出来事でした。

 

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50年前の台風一過(一家)?

先日の台風は近畿地方を直撃し、各地に多くの被害を与えていきました。

京都にも影響が大きいということでしたが、幸いに被害も少なく上陸したその日の午後には、

秋の晴天が訪れていました。

被害を受けられた方々には不謹慎と思いますが、本当に京都には台風の被害はありがたいこと

にあまり出ませんね。

しかし、今から50年前の伊勢湾台風の時は、京都にも多くの被害がありました。

当時の私は、6才で小学校に入学したばかりで、台風の恐ろしさなど何も分からず、大きな台風が

来ることで学校が休みになることを、楽みにしていました。

台風の前日に父は家に被害がでないように、窓や壁に板を打ちつけ、屋根瓦が飛ばないようにいろ

いろと養生をしていた記憶があります。

いよいよ台風が襲ったその日の昼から風と雨が突然強くなり、人が前に進むことが出来ないほど

の強風が吹き荒れて、夕方には近所一帯が停電し、暗い部屋の中でちゃぶ台の真ん中にローソク

を一本立てて、その周りに家族8人が寄り添うように集まり、夜を過ごしたその一瞬の場面だけを、不思

議に今でも鮮明に覚えています。

今では56歳の壮年になり、5人の子供に恵まれた父親となりました。

その当時の会話は何一つ覚えてはいませんが、その時の雰囲気はハッキリと覚えているのです。

考えてみると当時の鮮明によみがえるあの時の場面が、今の私の家族の原点だったかもしれませ

ん。小さなちゃぶ台を中心に、8人家族が寄り添っている。

決して裕福ではなかったけれど、暗闇の中で薄ぼんやりと輝くローソクの灯の中でも、ほんのりと

したぬくもりが感じられた一瞬。

窓の外では強風が吹き荒れていても、不思議な安心感に満たされていたあの時の場面が、幼い子

供だった私の心に「家族」と言うものが漠然と心に刻みつられたのかもしれません。

温かみとか、安心感などは眼にはみえませんが、しかし、確かに心に伝わっていくことだけは自分

の幼い時の体験からも確かなことだと、改めて考えさせられた、ひと時でした。

 

 

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感動だ~!感謝、感謝!

7月27日(月)・北山の宝ヶ池競技場でJA共済主催の少年サッカー大会が催され、

各都市から集まった少年サッカークラブの子供たちがそれぞれ優勝を目指して

試合を繰り広げていました。私の五男の末っ子(小学5年)も京都の、いちチームとして参加しました。

それがなんと順調に勝ち進み、遂に東京の少年チームとの決勝まで戦うことになり、

午後から優勝メダルをかけて最後の決戦と言うことになりました。

朝から子供の応援に行っていた妻から、私の携帯にその連絡が入り、仕事も手に付かず、

神戸で生活している長男がたまたま家に戻っていたので、ラグビーの練習が休みで寝ていた

四男と一緒に連れ立って、宝ヶ池のグラウンドまで駆けつけました。

ちなみに、私の家族は5人の息子達がみんなそれぞれのスポーツをしています。

長男はバスケット、次男と四男はラグビー、三男が野球、五男がサッカーと、

その結果は、毎日の洗濯は3回以上で、お米は一ヶ月で60kgがあっという間に無くなり、

家の中は毎日砂だらけで、狭い部屋の中で暑苦しい男の子が、パンツ一丁の姿で家を俳諧している、

そんな姿を創造するだけで、ゾッとされると思いますが、本当にゾッとしますよ。

しかし、子供たちはこんな苦しい時代や生活の中でも、喜びをいっぱい与えてくれます。

スポーツに励んでいる姿や、大学生の長男・次男たちが語ってくれる夢や希望は、挫折しやすい

私たち夫婦をいつも励ましてくれます。

この末っ子のサッカーに励む姿も家族にとっては勿論、私にとっては先の見えないこの経済状況の中では

「お父さんも頑張りや!」と背中をポンと押されたみたいで、励まされた気がしました。

話はそれましたが、決勝戦は東京のチームに押されながらも何とかゼロ点で引き分け、PK戦勝負となり、

みごと息子のチーム(西京極JSC)が勝利し、優勝を勝ち取りました。

子供たち以上に喜び、興奮し、泣きじゃくっていたのは察しの通り、それぞれのお母さん達でした。

そのパワーに改めて圧倒されましたが、勝ち負けを超えて、戦ったすべてのチームのお母さん達は

陰日なたなくクラブを支え、縁の下の力として支えてくださいます。負けた悔し涙や、勝った勝利の涙にも

それぞれに新たな希望を与えてもらった思いがします。

それがお母さん達やチームを指導してくださった方々の無償の奉仕に対するご褒美のような気がします。

それに比べて私たち夫婦は日ごろの奉仕もほとんど出来ず、迷惑ばかりかけて、いい場面だけに姿を見せて、

本当に申し訳なく思っています。そんな妻と子供は祝勝会へ、私は残っている子供の晩御飯作りで、

家で静かに乾杯します。感謝、感謝!!

 

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ケセラセラといきますか。

 

 毎日、雨が降ったり止んだりで大変ですね。

先日、お客様を案内して左京区の方面へ行きました。

幸い案内の前に、雨が降り止み青空がのぞいていました。そのときに見た空の景色が上の

写真です。入道雲が張り出しそうな雲の勢いでした。それからお客様を現地で案内して、

終わると直ぐに大粒の雨が降ってきました。梅雨ですから、気まぐれな天気はしかたありま

せんが、私はバイクで市内を動いているのですが、幸い運よく濡れず助かりました。

中年の暴走族ではありませんが、なかなか良く走ります。

渋滞する車を尻目にスイスイと走ってくれます。それが、私にとっては、ひとつのストレス解消

になっているかも知れません。

けれど、一度雨が降ると青菜に塩のように情けない状態になってしまいます。

いつ雨が降って、いつ止むのか、また、いつお客様を案内したらうまくいって、いつならだめな

のか、そんなことが分かるとしたら、願ったりかなったりなのですが、分かりすぎるというのも

ある意味では怖いことかも知れませんね。

「何事にも時があり、すべて定められた時がある」と言う言葉もありますし、ケセラセラの気持

ちで生きていければ楽なのかも知れませんね。

しかし、お客様を案内するたびに「今、これが決まれば」と狸の皮算用ばかりしている情けない 

自分がいますけど!

 

 

 

 

 

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もう祇園祭ですね!

7月に入っていよいよ京都では祇園祭の準備に忙しくなってきたようですね。

毎年のことですが、やはり鉾の巡幸が終われば梅雨も明けて、京都盆地独特の夏の暑さが始まりますが、

55年も京都に住んでいるとこれが当たり前のようで、あまり感じなくなってしまっている気がします。

突然ですが、7月に入って国土庁から全国の路線価格が発表され、全体的に大きく下がっていることがはっきりしてきました。

あと3~4年は緩やかに下がり続けるようだと、ある経済学者の方がそうおっしゃっていました。

ミニバブルがはじけて、外国の投資家に振り回されたと思ったら、アメリカ発の金融恐慌に世界が翻弄されて、日本は大丈夫だと

高をくくっていたエコノミストのほとんどの予想は大きく外れて、どん底と思えるほどの不景気の嵐に見舞われました。

如何に専門家といわれる人たちの判断は当てにならないかを知らされた気がしますが、しかし歴史は繰り返すように、

ここで私なりにひとつ言えるとすれば、それは大きく振り子が触れた後はそれに比例して振り戻しも大きくあることだと思います。

今回のようにふり幅の大きさはこれだけだといえませんが、スピードにおいては以前のバブルよりも格段の速さで世界を席巻して

いったと思います。

だとすれば、その意味では同じスピードで振り戻しがあるような気がします。

楽観的で希望的観測に過ぎないと言われるのはごもっともですが、案外先はそんなものなのかもしれませんしね。

「千年は一日のようであり、一日は千年のようだ」と言う言葉もありますし、何はともあれ、悲観的すぎるのも考え物なのか知れませんね。

しかし、だんだん年をとってくると暑さがこたえますし、不景気も暑さも早く過ぎ去ってほしいと願っています。

 

 

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足るを知るって、本当かいな!

京都の漢字検定の公益法人の代表と理事長の親子が逮捕されました。

 

 私は20代の頃にこの会社が桂の西口駅でパンの販売をしておられた事を

 

 記憶していました。それからの事は知る由もありませんでしたけれど、

 

烏丸通に大きな漢字検定のビルが建っていたことも後になって知りました。

 

創立者の理事長の父親が受勲章をもらった記念のパーティで息子の社長が

 

スピーチされていた中で「私たちの中で今一番必要なことは、足るを知ると言う事です。」

 

念を押すように繰り返して言っておられました。それは、TVで何度もその

 

部分を強調されて報道されていました。マッチポンプを実証する報道だと

 

改めて感じましたけれど、褒めていたことを忘れて、直ぐに批判に回るのは

 

貞操間のないマスコミには何時もの事と思いますが、それを超えた、貞節の

 

無い漢険の親子の考え方でした。しかし、もしこれが自分の事と考えたら、

 

間違いなく同じようなことをしていたと言えるかもしれません。

 

 社会に対してこれだけ貢献したんだから、何が悪いんだと言う感覚に墜ち

 

いったのかも知れません。不思議に全てのことは良いことから始まっていくのに、

 

いつの間にか金が溢れる程に増えると人の考えに、欲望と言う落とし穴が覗き

 

込んできますね。欲望は向こうから来るのでなくて、自分から招いてしまうとは

 

 

よく言われますが、本当ですね。

 

 

 同じ罠にはまり易い人間ですから、声高に批判で着ませんが、それにしても、

 

息子の社長の言葉には「自分の中では整合性があったと思います。」の言葉には、

 

人間の弱さを超えた傲慢の匂いがプンプンしました。けれど、同じ事をしかねない

 

自分を振り返って、えらそうなことは言えないなと、変に反省させられたニュースでした。

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子供を叱るって難しい~!

私の家族は、妻と5人の男の子ばかりの7人家族です。この少子化時代に少しは貢献

していると思っているのですが、大家族にとっては教育費それに学校のクラブ費など、驚くほど

のエンゲル係数の高さに今にもおぼれそうになっています。大学生の長男・次男、それに今年

高校に入学したばかりの双子の三男・四男、最後に小学校5年背の末っ子の5男と、聞くだけで

も嫌な汗が出そうな話ですが、大抵の方は「奥さん大変やね~!」と、この言葉を良く聞かされま

す。確かにそうですが、私も掃除洗濯家事いっさい、手伝ってますよ。

 共働きですから、勿論妻は大変だと思います。子供のしつけから、私の世話まで何から何まで

眼の回るような忙しさで、少しでも、苦労を分かち合おうと常々頑張っているのです。

何で突然家族の話かと言うと、最近ある教育者の女性教授がこどもをしかるときのマニュアルをい

ろいろ新聞に記載されていました。「肯定的なしかり方をしなさい。」とか「夫婦で価値観を共有しな

さい。」とか「親同士が情報交換し、工夫しなさい。」などとありました。

なるほどな~と、うなずけますか?

私は、決してマニュアルを批判しているのではありませんが、どこか「これは本当かな~!」と疑

問がわきました。

 確かにマニュアルは人との間や親子の間に摩擦を起こさずに無難に過ごそうとしている所が

見えてしまうのですが、しかし、それではぶつかりながら本音を出し合って、お互い傷つきながら

も成長し、親は子供から学びながら親とされ、子供も親の理不尽さに振り回されながらも、親の

本音の弱さを受け入れていく、そんな安心感も育っていくことができないじゃないかと感じました。

子供が多い少ないに係わらず、親も子供も人生の何処かで本気にぶつかること無くして、お互い

傷つくこと無くして、相手の気持ちや心情を汲み取っていくということは難しいことなのではないか

な、と思います。小さい子供のときから親が無難な叱り方を覚えて無難な関係を築いて行くこ

となんて、「絆」と言う字のように糸が半分づつ、絡み合い寄り合わされていくようなことが、本当

に出来るのかなと、変な気遣いをしてしまいました。

私の子供たちは「いつ、どこでスイッチが入るか分からない」と私の怒鳴り声が聞こえるたびに

そう言って、いつも不思議そうに嘆いています。妻も男の子ばかり育てている中で、普段の姿か

らは決して想像でき無いような声で「アホか~、どつくど!」と、怒鳴っている姿を見ると「これで

いいのかな?」と、自分を省みずマニュアルと言われる教育論からは、我が家は遠く離れてい

るなとそのことだけははっきり認識した今日この頃です。

 

 

 

 

 

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